アヒルと鴨のコインロッカー
2007/03/25

アヒルと鴨のコインロッカー
(著者:伊坂幸太郎/出版社:創元推理文庫)
この人の作品は『陽気なギャングが地球を回す』も映画化されてますね。とてもポップなお話です。
これも映画化された作品なんですが・・・。内容が内容だけに、ネタばれになってしまうので、あまり詳細は書けません(じゃあ書くな、と)。とりあえず瑛太くん好きです(笑)。
椎名という青年がシッポサキマルマリ(猫)と、河崎という青年に出会って、本屋を襲うことになるところから、物語が始まります。
(何かパン屋襲撃みたい・・・と思ったのは私だけではないはず)
椎名はこの悪魔みたいな青年を不審に思いながらも、何となく付き合ってしまう。
この物語とは別に、もう一方の物語も進みます。
河崎と琴美と、ブータン人のドルジ。前に出ている物語よりも、ちょっとだけ過去にさかのぼってます。椎名に出会う前の河崎の(というか、琴美とドルジと、河崎)のお話。
物語の主人公は椎名だと思いきや・・・実は「ソウデスネ」としか言わない(笑)ドルジだった! という驚きの結末です。
「わたしはね、ずっと他人のことなんてどうでも良かったんだけど」
「助けられる人は助けたい」
「そう思うこともある」
と、登場人物の一人がいうんですが、私もそう思います。
正義感振りかざして、というのではなく。
この小説の登場人物、みんながきっとそう思って生きていたんだと思いました。
「アヒルと鴨のコインロッカー」公式サイト
ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド
2007/01/28

ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド
(著者:ブライアン・W・オールディス/出版社:河出書房新社)
結合体双生児ロックバンド ザ・バンバン 衝撃デビュー表紙のイラストについ手を伸ばしてしまった一冊。
スティーブン・スピルバーグ監督の映画「A.I.」の原作者です。
英国北部、ノーフォーク地方の僻地レストレンジ半島に生まれ育ったハウ兄弟は腰から下の部分でつながった結合双生児。田舎でのびのびと育ったトムとバリーがポップ界の大立て者ザック・ベダーウィックに目をつけられ、「ザ・バンバン」というバンドを組んで、ポップスターにさせられる…というお話し。
二人は双子なんだけど、さらにもう一人(?)、バリーの肩の上に第3の頭がある(それ故にバリーの方がより異質に見え、トムの方が普通に見えてしまう)。バリーはこの頭に名前をつけ「守ってやらないといけない者」と思う。第3の頭はちゃんと生きていて、バリーが怒れば赤くなるし、バリーが病気だとぐったりする。
歌は決して上手いワケではない。才能だってない。二人がポップスターになれたのは、その外見に「商品価値」があったから。スターだけど扱いは最悪。食事も一緒にさせてもらえないし、住居だって使用人と同じ屋根裏部屋。二人はザックを恨み、仲間を恨み、お互い同士を恨み合う。
トムは比較的、大人しく優しい性格なんだけど、腰でつながっている兄弟(バリー)が攻撃的な性格のため、一緒になって闘わなければいけない。他人と、バリーと、自分自身と。
二人に愛されたローラ・アッシュワースは、トムに好意を寄せるんだけど、そんなに簡単なことじゃない。彼女はトムと同じくらい、バリーも愛さないといけない。「どちらかに何かを捧げたいと思った女性は、二人を揃ってもてなすしかないのである」というローラの言葉は重いです。
映画にもなっているようなので、観に行きたいです。
ザ・バンバンが実際に歌っている歌が聴きたい。
「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」公式サイト
そして殺人者は野に放たれる
2007/01/20

そして殺人者は野に放たれる(著者:日垣隆さん/出版社:新潮社)
法律について触れているので、内容が一回で頭に入らず、何回か読みました。
映画でも周防正行監督の「それでもボクはやってない」が上映されます(されてる?)。裁判って本当に「当事者になってみないと分からない」ものですが、この本を読んで司法の在り方…というか裁判制度の曖昧さを痛感しました。そして一般の人には知らされていない、数多くの殺人事件が「不起訴」になって、この世から葬り去られていたんだなって。
まず、この本の中で頻繁に取り上げられる刑法39条。
1.「心神喪失者の行為は、罰しない」
2.「心身耗弱者の行為は、その刑を軽減する」
心身耗弱には「飲酒による酩酊状態」「覚せい剤による幻覚や妄想」時の精神状況も含むそうです。
大量虐殺をしても、飛行機をハイジャックしても、飲酒して(覚せいざい剤をうって)人をひき殺しても強姦しても「心神喪失」「心身耗弱」が認められたら、それは罪にならない(または軽くなる)のだそうです。
『精神鑑定は科学ではなく、証拠でもなく、推測に基づく意見にすぎない。』
犯行時の犯人の精神状態なんて、本人にしか分からない。だから被告人の供述や、入院歴、性格などから「推測」して、判断するしかないわけです。物的証拠や殺害動機がない異常な犯罪ほど、起訴されにくく「自分は捕まっても死刑にならない」と、同じ事を繰り返す犯人が多いようです。
そんな犯人(被告人)の精神鑑定をするのが、精神鑑定人です。でも、この人たちはお医者さんなワケだから「弱者(ここで言う凶悪犯罪を犯した精神病者)」を助けたいという気持ちが強く、「刑務所に入れるのは可哀相」「無罪にするには分裂症と書かざるを得なかった」などという鑑定人もいるそうです(もちろんすべての鑑定人が、ではないです)。また興味深い話ですが、ある鑑定人は「精神鑑定をしても『結局わからない』というのが本当のところだが、精神鑑定書に『わからない』とは書けないから適当な結論を記入しておくしかない」などと言っております。(宮崎努の時も3人の鑑定人がまったく違う鑑定書を出してましたしね)
確かにその弱者(凶悪犯罪を犯した精神病者)は病気を治す機会を与えてもらえるワケですが、じゃあ愛する家族を殺された遺族の気持ちはどこの誰が受け止めてくれるのでしょうか? 神戸少年事件の時も「少年法」という法律に守られていたのは犯罪を犯した少年の方で、被害者や遺族が守られるものではありませんでした。
ちなみに金銭的な援助で言うと、加害者には総額46億円の国選弁護報酬の他に、300億円が国から支払われているのに対し、被害者には5億7千万しか支払われていないそうです(1999年のもの)。
日本の法律のおかしさがちょっとだけ分かった気がします。守るべきものが違うのでは? と素人ながら考えてしまいました…。
内容は、様々な(刑法39条が絡む)裁判記録、被告人の精神鑑定経緯・結果、被害者遺族の言葉などが載っています。
興味のある方は是非、読んでみてください。